【給与振込口座 会社指定】は可能?法的リスクと賢い運用方法を弁護士が徹底解説 - 大分の弁護士

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法的リスクと賢い運用方法を弁護士が徹底解説

最終更新日2025.10.1(公開日:2025.10.1)
監修者:弁護士法人 大分みんなの法律事務所 代表 倉橋芳英弁護士

音声でも解説をご用意しています。

「給与振込口座を会社指定にしたいが、法的に問題はないのだろうか?」、「従業員に特定の銀行口座を開設させることはできるのだろうか?」

このようなお悩みをお持ちの経営者の皆様へ。

今日のビジネス環境において、給与の銀行振込はごく当たり前のこととなっています。しかし、実はその運用には労働基準法上の厳密なルールが存在し、適切に対応できていない企業も少なくありません。給与の支払方法を会社にとって効率的なものにしたいと考えるのは当然のことですが、一歩間違えれば法的トラブルに発展するリスクも潜んでいます。

このコラムでは、給与振込口座の会社指定が法的にどこまで認められるのか、その根拠となる法律や行政通達、そして実際にあった裁判例を基に、経営者の皆様が知っておくべき正しい運用方法と注意点について、弁護士が分かりやすく解説します。この記事を読めば、給与支払いに関する不安を解消し、従業員との信頼関係を維持しながら、適法かつ効率的な給与管理を実現するための具体的なヒントが得られるでしょう。

銀行口座

そもそも給与の支払いのルールとは?(賃金支払いの5原則)

まず、給与の支払いに関する基本的なルールを確認しましょう。労働基準法第24条では、「賃金支払いの5原則」として以下の5つの原則が定められています。

通貨払いの原則

賃金は日本で強制通用力のある貨幣(現金)で支払うこと。

直接払いの原則

賃金は労働者本人に直接支払うこと。

全額払いの原則

法令に基づく控除(税金、社会保険料など)を除き、賃金は全額を支払うこと。

毎月1回以上払いの原則

賃金は毎月1回以上、支払うこと。

一定期日払いの原則

賃金は一定の期日を定めて支払うこと。

これらの原則は、労働者が生活の糧である賃金を確実に受け取れるよう、労働者の権利を保護するために非常に重要です。

1.「通貨払い」の原則と口座振込の例外

「通貨払いの原則」は、賃金は現金で手渡しすることを原則としています。しかし、今日の社会では給与の銀行振込が広く普及しており、一見するとこの原則に反するように思えるかもしれません。

しかし、労働者の利便性(公共料金の引き落とし口座に給与を入れてもらった方が都合が良い、手渡しよりも安全で管理しやすいなど)を考慮し、労働基準法第24条では例外が認められています。具体的には、厚生労働省令で定める確実な支払方法であれば、通貨以外の方法でも支払いが可能とされています。

この例外として認められているのが、「労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する労働者の預貯金への振込みによる方法」です。つまり、給与の口座振込を実施するためには、この例外規定に則った運用が不可欠となります。

2.「直接払い」「全額払い」の原則も重要

口座振込の際には、「直接払い」と「全額払い」の原則も忘れてはなりません。

「直接払いの原則」は、賃金を労働者本人に直接支払うことを定めています。口座振込の場合、労働者本人の預貯金口座へ振り込むことで、この原則に反しないと考えられています。したがって、従業員以外の口座(例えば配偶者の口座など)への振り込みは原則として認められません。

また、「全額払いの原則」は、法令で認められている社会保険料や所得税、住民税などの控除を除き、賃金は全額を労働者に支払う必要があるというものです。これについては後述しますが、給与振込の手数料を従業員から天引きすることは、この全額払いの原則に違反する可能性が高いため、注意が必要です。

給与振込口座の会社指定は原則NG?その法的根拠とは

結論から申し上げると、会社が一方的に給与振込口座を指定し、従業員に特定の金融機関の口座を開設するよう強制することは、原則として認められません。そのため、会社が「給与の振込みは、当社の指定金融機関の口座となります。口座がなければ新規で作ってください」と一方的に指定することは、法的に問題があると言えるでしょう。

1. 労働者の同意が不可欠な理由

給与の口座振込が認められるための大原則は、「労働者の同意」です。労働基準法では、賃金の支払いは原則として現金での手渡しとされており、口座振込はあくまでこの原則の例外的な扱いとなります。

したがって、業務効率化や経費削減の観点から「すべての従業員の給与支払いを口座振込としたい」と会社が考えていても、口座振込に同意しない労働者に対して強制することはできません。もし同意が得られない場合は、その従業員に対しては現金で手渡しする必要が生じます。

2. 会社が金融機関を「指定」することの難しさ

労働基準法施行規則では、給与の口座振込について「労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する労働者の預貯金への振込みによる方法」と規定されています。この規定からもわかるように、大原則は「労働者が指定する金融機関」となるため、会社側が一方的に「〇〇銀行で」と特定の銀行を指定することは、労働基準法に反する取り扱いとなります。

会社が特定の金融機関を指定する主な理由は、振込手数料の削減や事務手続の効率化です。しかし、これらは会社側の都合であり、労働者の利便性が優先されるべきであるという考え方が根底にあります。

3. 行政指導の「複数金融機関の配慮」とは

行政指導では、「取り扱い金融機関等を一つに限定せず、複数等配慮すること」とされています。会社が「〇〇銀行を推奨する」といった協力要請をすることは可能ですが、それには強制力がありません。もし労働者から異なる金融機関の指定があった場合、会社はその指定に対応しなければならないとされています。

たとえ会社が複数の金融機関を提示し、その中から選ばせる形であっても、従業員の真の同意がなければ、法的に問題が生じる可能性があります。従業員の便宜に十分配慮し、希望する金融機関に振り込む努力が求められます。

振込手数料は誰が負担する?「全額払いの原則」との関係

給与振込の手数料は、会社を経営する上で決して無視できないコストですよね。特に従業員が増えれば増えるほど、その負担は大きくなります。
「できれば従業員に負担してもらいたい」と考える経営者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、これにも法的ルールがあります。

1. 振込手数料は会社が負担すべき?専門家の見解

振込手数料は「事業主の債務履行に伴って生じる費用」であり、会社が負担すべき経費です。そのため、給与から振込手数料を天引きすることは、前述した賃金支払いの5原則のうち、「全額払いの原則」に違反する可能性が高いです。

2. 例外的に従業員に負担させるには?

「全額払いの原則」には例外があり、労働者の過半数で組織する労働組合(または労働者の過半数を代表する者)と「賃金控除に関する協定書」を締結し、かつ本人の同意が得られれば、給与からの振込手数料控除が認められるとの見解も一部には存在します。

しかし、これについては専門家の間でも意見が分かれる部分であり、特に労働基準監督署は、労使協定が締結され、労働者の同意があったとしても、振込手数料の控除は労働基準法第24条に違反するという見解を取っています。また、従業員が「自由な意思に基づいて」徴収に同意しているかどうかを客観的に証明することは非常に困難です。

過去の裁判例でも、振込手数料の控除について会社が労働者との合意を得ておらず、賃金控除の労使協定も締結していなかった事例で、控除が違法と判断されています(東京地方裁判所判決平成21年11月13日・舞台美術乙山組ほか事件)。

このようなリスクを考えると、振込手数料は会社が負担することが最も妥当であり、安全な運用方法と言えるでしょう。

「デジタル給与払い」という新しい選択肢

近年、キャッシュレス決済の普及に伴い、給与の支払い方法に新たな選択肢が加わりました。それが「デジタル給与払い」です。

1. デジタル給与払いのメリットとデメリット

労働基準法施行規則の改正により、2023年4月1日から、厚生労働大臣が指定する資金移動業者(決済アプリ事業者など)の口座への賃金移動(いわゆるデジタル払い、電子マネーでの支払い)が認められるようになりました。PayPayなどが国内で初めて指定を受けています。

デジタル給与払いには、以下のようなメリットとデメリットがあります。

メリット

  • ・銀行口座を持たない外国人労働者などへの給与振込が可能になる。
  • ・ATMから現金を引き出す手間を省ける。
  • ・利用する決済サービスによってはポイント還元などのキャンペーンを受けられる場合がある。
  • ・給与管理の効率化やコスト削減が期待できる。

デメリット

  • ・銀行口座と異なり、受け入れ上限額(通常100万円以下)がある。上限額を超える場合は、超過分を別の方法(銀行振込など)で支払う必要があり、会社側は二重に手間がかかる可能性がある。
  • ・ハッキングや不正送金など、セキュリティ面のリスクが懸念される。
  • ・資金移動業者が破綻するリスクがある。
  • ・現金化できないポイントや仮想通貨(暗号資産)での支払いは認められない。
  • ・導入に際してコストがかかる場合がある。

2. デジタル給与払いを導入する際の注意点

デジタル給与払いはあくまで支払方法の一つであり、労使どちらにも強制されるものではありません。導入のためには、以下の手続が必要です。

1. 労使協定の締結

会社は労働組合または労働者の過半数を代表する者と、対象となる労働者、対象となる賃金とその金額、実施開始時期などについて労使協定を締結する必要があります。

労働者への選択肢の提示

資金移動業者口座への賃金支払いを強制することはできません。また、資金移動業者口座のみを提示することも禁止されており、労働者が銀行口座または証券総合口座への賃金支払いも併せて選択できるようにしなくてはなりません。

労働者への説明

銀行との違いや具体的な仕組み(口座の上限額や破綻時の補償、アカウントの有効期限、手数料負担なしでの現金化手段など)について労働者に説明することが必要です。

労働者の同意取得

労働者が資金移動業者口座への支払いを希望する場合、同意書を提出してもらい、個別の同意を確実に取得する必要があります。口頭だけでなく、書面による同意書を取得することが望ましいとされています。

資金移動業者は、厚生労働大臣の指定を受ける必要があり、その一覧は厚生労働省のウェブサイトで公開されます。常に最新の情報を確認するようにしましょう。

給与振込口座の会社指定に関するトラブル事例と罰則

給与の支払いに関するルールを軽視すると、思わぬトラブルに巻き込まれたり、会社の信用を失ったりする可能性があります。

1. 過去の裁判例から見る「同意」の重要性

従業員からの給与控除に関する裁判例はいくつか存在し、「労働者の自由な意思に基づく同意」の重要性が繰り返し示されています。

寮費の天引きに関する事例

寮費の天引きに同意する内容の入居誓約書を提出した従業員について、給与から寮費を天引きしたことが「全額払い原則」違反として、控除額の返金を命じられた事例があります(大分地方裁判所判決平成29年3月30日・プレナス事件)。裁判所は、誓約書を提出しなければ入居できない状況では、従業員の完全に自由な意思に基づくとは言えないと判断しました。

この事例は、単に同意書があれば良いというわけではなく、その同意が従業員の自由な意思に基づいていることが重要であることを示しています。

過払い賃金の調整的相殺に関する事例

会社が従業員に過払いした通勤定期代を後の給与から差し引いた事案で、従業員の月給の約半額に相当する控除が「調整的相殺の限度を超える」として、「全額払いの原則」に違反すると判断された事例もあります(東京地方裁判所判決平成25年3月27日)。

このケースは、過払い金の清算であっても、労働者の経済生活を脅かさない範囲で、かつ事前に予告された上で実施される必要があることを示唆しています。

これらの裁判例からもわかるように、給与に関する控除や支払方法の変更には、形式的な同意だけでなく、労働者の真の理解と自由な意思に基づく同意が不可欠であり、労使協定や就業規則に根拠規定を設けるなど、適切な手続きを踏むことが極めて重要です。

2. 労働基準監督署による指導や罰則

労働者の要望や同意なく、会社側が一方的に金融機関を指定して給与を振り込むのは、賃金支払いの原則に反します。

労働基準法第24条に違反した場合、30万円以下の罰金が科される可能性があります(労働基準法120条1号)。もし会社が労働者の指定する口座への変更や現金での支払いを拒否した場合、労働基準監督署による立ち入り調査や行政指導が行われる可能性も否定できません。

このような事態は、会社の社会的信用を大きく損ね、従業員との関係悪化にも繋がりかねません。法的なリスクを回避し、健全な企業運営を行うためにも、給与支払いに関するルールを正しく理解し、遵守することが求められます。

会社が給与振込口座を適切に運用するための方法とポイント

ここまで見てきたように、給与の口座振込、特に給与振込口座の会社指定は、デリケートな問題です。しかし、適切な方法を踏まえれば、法的リスクを抑えつつ、効率的な給与管理を実現できます。

1. 「労使協定」締結の重要性とその内容

給与を口座振込で支払うためには、まず「賃金の口座振込に関する協定書」を労使間で締結することが必要です。

この労使協定は、労働基準法で締結が義務付けられている14種類の労使協定には含まれていませんが、給与支払いの方法や時期、口座の変更手続などについて労使間で明確にルールを定める上で重要な意義があります。都道府県労働局では、協定書のひな型や記入例を提供しているところもありますので、参考にすると良いでしょう。

協定書には、少なくとも以下の事項を盛り込むことが求められます。

  • ・口座振込の対象者(労働者の範囲)
  • ・対象となる賃金の種類と金額
  • ・指定金融機関等の取り決め(取扱金融機関、取扱証券会社、取扱指定資金移動業者の範囲)
  • ・口座振込等の実施開始時期

労使協定は、従業員の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合と、ない場合は従業員の過半数を代表する者と使用者との間で書面または電磁的記録により締結する必要があります。

2. 「労働者の個別の同意」を確実に得るには

労使協定の締結と並んで最も重要なのが、「労働者の個別の同意」です。労使協定が締結されても、個々の労働者が口座振込に同意しなければ、強制することはできません。

同意を得るための具体的な方法としては、以下の点が挙げられます。

書面による同意書の取得

口頭での同意も法的には有効とされていますが、後々のトラブルを避けるためにも、「口座振込同意書」のような書面を労働者から提出してもらうことが推奨されます。この同意書には、希望する金融機関名、支店名、口座の種類、口座番号、口座名義人、開始希望時期などを記載してもらいましょう。

十分な説明

口座振込のメリット(現金管理の手間や盗難リスクの回避など)を説明するとともに、労働者が希望する金融機関に振り込むことを明確に伝えることで、真の同意を得やすくなります。

選択肢の提示

会社側が特定の金融機関を推奨する場合でも、あくまで「協力要請」という形にとどめ、労働者には他の金融機関(推奨する金融機関以外)を選択できることを明確に提示しましょう。

「会社側に面倒なヤツだと目をつけられるのは嫌だ」と感じ、希望の口座への振り込みを言い出せない労働者もいるかもしれません。そうした従業員には、会社の経済的・事務的負担への理解を示しつつ、なぜ特定の金融機関だと不都合なのか(自宅周辺に支店がない、住宅ローンの借入先金融機関に合わせる必要があるなど)をきちんと説明してもらう機会を設けることで、双方にとって納得のいく解決策が見つかることがあります。

3. 給与支払日の午前10時ルール

給与の口座振込でよくあるトラブルの一つに、「給料日なのに、昼休みに銀行に行ってもまだ入金されていなかった」というような、振込のタイミングに関するものがあります。

この点については、行政通達により、「賃金支払い日の午前10時頃までに払い出しが可能となっていること」とされています。会社としては、このスケジュールに則って振込処理を行うよう徹底しましょう。デジタル給与払いの場合も、所定の賃金支払日の午前10時頃までに為替取引としての利用(預貯金口座への出金指図、代金支払への充当、第三者への送金指図など)が行い得る状態となっていることが求められます。

弁護士に相談するメリット

給与の支払いに関する問題は、労働基準法をはじめとする複雑な法律が絡み、一つ間違えれば大きな労使トラブルに発展しかねません。特に、給与振込口座の会社指定のようなデリケートな問題は、従業員との信頼関係にも影響を与える可能性があります。

「賃金支払いの5原則」や「労使協定の締結」「労働者の同意の取得」など、適切に対応すべき事項は多岐にわたります。経営者の皆様がこれらの法的な要件を一つ一つ確認し、トラブルの予防策を講じることは、非常に大きな負担となるでしょう。そこで、法律の専門家である弁護士への相談をご検討ください。

弁護士は、給与支払いに関する最新の法令や行政通達、裁判例を踏まえ、貴社の状況に応じた最適なアドバイスを提供できます。労使協定書の作成支援、同意書のひな型提供、従業員への説明に関する助言など、具体的なサポートを通じて、貴社が法を遵守した給与管理体制を構築できるようお手伝いします。

弁護士に相談し、適切な法務体制を整えることで、経営者の皆様は複雑な人事労務の課題から解放され、事業のコアな部分、つまり会社の成長戦略や競争力強化に集中できるようになります。法的リスクを未然に防ぎ、安心して経営に専念できる環境を整えるために、ぜひ当事務所にご連絡ください。

当事務所は、人事労務分野に精通した弁護士が、経営者の皆様の立場に立って親身にご相談を承ります。従業員との良好な関係を築きながら、適法かつ効率的な会社運営を実現できるよう、全力でサポートさせていただきます。

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