最終更新日2025.10.1(公開日:2025.10.1)
監修者:弁護士法人 大分みんなの法律事務所 代表 倉橋芳英弁護士
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会社を設立したり、金融機関と取引を始めたりする際、「実質的支配者」という言葉を耳にすることが増えました。これは、法人の透明性を高め、マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与といった不正な活動を防ぐために、国がその実態を把握しようとしている重要な制度です。しかし、「実質的支配者とは誰のこと?」「どのように判断すればいいの?」と疑問に感じる方も多いでしょう。
この記事では、法人の実質的支配者の定義から、株式会社や合同会社など法人の種類に応じた具体的な判定基準、さらには申告が必要となる場面や手続き、万が一問題が生じた場合の対処法まで、分かりやすく解説します。この記事を読めば、実質的支配者に関する疑問が解消され、安心して会社運営を進めるための第一歩を踏み出せるはずです。

そもそも「実質的支配者」とは?その重要性と背景
実質的支配者の定義:なぜ確認が必要なのか?
「実質的支配者」とは、法人の事業経営を実質的に支配することが可能な関係にある「自然人」を指します。ここでいう「自然人」とは、一般的に「実在する個人」のことです。この情報を確認する必要があるのは、法人の透明性を向上させ、暴力団員や国際テロリストによるマネーロンダリングやテロ資金供与といった不正な法人利用を防止するためです。この制度は、主に「犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)」に基づいて運用されています。
制度導入の目的と国際的な背景
実質的支配者の申告制度は、2018年11月30日から公証人法施行規則が改正されたことにより導入されました。その大きな目的は、法人の不正利用を国内外から抑止することにあります。特に、マネーロンダリング対策は国際的にも重要な課題とされており、この改正は国際的な金融活動作業部会(FATF)が2019年に行った日本の相互審査が導入の大きな契機となっています。過去の審査(2008年)では、法人の透明性に関する評価が最も低かったため、国際的な要請に応える形でこの制度が強化されました。
あなたの会社はどのタイプ?法人の形態別「実質的支配者」の判定基準
実質的支配者を判定する際には、法人の種類によって判断の順序や基準が異なります。大きく分けて「資本多数決法人」と「資本多数決法人以外の法人」の2つのタイプがありますので、ご自身の会社がどちらに該当するかを確認しましょう。
資本多数決法人(株式会社、投資法人、特定目的会社など)の判定基準
資本多数決法人には、株式会社、投資法人、特定目的会社などが該当します。これらの法人における実質的支配者の判定は、以下の順番で行われます。
【ステップ1】
議決権保有による判定(50%超、25%超)
まず、株式の議決権を直接的または間接的に保有する自然人がいるかを確認します。
- ① 議決権の50%を超える議決権を直接的または間接的に保有する自然人がいる場合、その方が実質的支配者となります。この場合、実質的支配者は必然的に1名となります。
- ② ①に該当する者がいない場合は、議決権の25%を超える議決権を直接的または間接的に保有する自然人が実質的支配者となります。この場合、複数の個人が該当することもあります。
ここでいう「直接保有」とは、個人が直接会社の議決権を保有している状態です。一方、「間接保有」とは、個人が議決権の50%超を保有する「支配法人」を介して会社の議決権を保有している状態を指します。例えば、AさんがX社の議決権を30%直接保有し、さらにAさんが50%超の議決権を保有するB社がX社の議決権を21%保有している場合、Aさんは合計で51%の議決権を直接・間接に有しているため、実質的支配者に該当します。
【ステップ2】
事業活動への支配的な影響力による判定
上記の議決権基準のいずれにも該当する自然人がいない場合、次に判断するのは、出資、融資、取引その他の関係を通じて事業活動に支配的な影響力を有すると認められる自然人です。例えば、その会社の大口債権者や会長、創業者などがこれに該当する場合があります。
【ステップ3】
代表取締役による判定
上記①~③のいずれにも該当する自然人がいない、ごく稀なケースでは、その法人の代表取締役が実質的支配者となります。
資本多数決法人以外の法人(合同会社、一般社団・財団法人など)の判定基準
資本多数決法人以外の法人には、合同会社、合名会社、合資会社、一般社団法人、一般財団法人、学校法人、宗教法人、医療法人、社会福祉法人、特定非営利活動法人などが該当します。これらの法人における実質的支配者の判定は、以下の順序で行われます。
【ステップ1】
収益・財産分配を受ける権利による判定
まず、法人の事業から生じる収益や財産の総額の25%を超える配当または分配を受ける権利を有する個人がいるかを確認します。さらに、50%を超える権利を有する個人がいる場合は、その方が実質的支配者となります。
【ステップ2】
事業活動への支配的な影響力による判定
上記の収益・財産分配の基準に該当する自然人がいない場合、次に判断するのは、出資、融資、取引その他の関係を通じて事業活動に支配的な影響力を有すると認められる自然人です。
【ステップ3】
代表者・業務執行者による判定
上記①、②のいずれにも該当する自然人がいない場合は、その法人を代表し、業務を執行する者が実質的支配者となります。例えば、一般財団法人では代表理事、合同会社では代表社員がこれに該当します。また、学校法人や宗教法人、社会福祉法人、特定非営利活動法人などでは、理事全員が実質的支配者となるケースもあります。
「自然人」と見なされる「国等」の特例とその理由
実質的支配者は原則として「自然人」、つまり個人ですが、特例として国、地方公共団体、上場企業、およびその子会社は、実質的支配者となる際の「自然人」と見なされます。これは、これらの組織がすでに高い透明性を持っており、別途個人の実質的支配者を追及する必要性が低いと判断されているためです。
なお、上記のいずれのケースにおいても、病気などで事業経営を実質的に支配する意思や能力がないことが明らかな場合、または名義上の保有者に過ぎない場合は、その個人は実質的支配者から除外されます。
実質的支配者の申告が必要な場面と具体的な手続き
実質的支配者の情報は、会社の設立時だけでなく、その後の事業運営においてもいくつかの場面で必要となります。
定款認証時の申告:どこに何を提出する?
株式会社、一般社団法人、一般財団法人の設立時には、公証役場で「定款(会社のルールブック)」の認証を受ける必要があります。この際、定款と併せて「実質的支配者となるべき者の申告書」を公証人に提出し、実質的支配者に関する情報を申告しなければなりません。
申告書には、実質的支配者となるべき方の氏名、住所、生年月日、国籍、性別などを正確に記載します。加えて、申告書の提出時には、運転免許証やパスポート、マイナンバーカードなどの本人確認書類の写しを添付する必要があります。
また、最も重要な点の一つとして、実質的支配者となるべき者が暴力団員や国際テロリスト、大量破壊兵器関連計画等関係者に該当しないことを公証人に申告する必要があります。この申告は、日本公証人連合会のウェブサイトでダウンロードできる所定の申告書を用いるか、または実質的支配者となる本人が作成した「表明保証書」を添付することでも可能です。
定款認証をスムーズに進めるためには、事前に公証役場に定款案と申告書をFAXなどで送付し、点検を依頼することが一般的です。なお、定款の認証は、会社の本店所在地を管轄する法務局または地方法務局に所属する公証人によって行われるため、管轄区域外の公証人による認証は無効となるので注意が必要です。合同会社は、定款認証の手続きが不要なため、この制度の対象外です。
金融機関での口座開設・取引時確認
会社設立後、金融機関で法人口座を開設する際にも、実質的支配者の情報を申告することが必須となっています。これは、金融機関が「犯罪による収益の移転防止に関する法律」に基づき、マネーロンダリング等対策として取引時確認を行う義務があるためです。
この際には、法務局から取得した「実質的支配者情報一覧(実質的支配者リスト)」の写し、または定款認証後に公証役場から発行される「申告受理および認証証明書」の提出を求められることがあります。また、既に取引関係のある金融機関に対し、会社を代表して取引を行う担当者(取引責任者)を変更する場合にも、実質的支配者の申告が必要となる場合がありますので、金融機関に事前に確認しましょう。
「実質的支配者リスト(BOリスト)」とは?
「実質的支配者リスト(BOリスト)」は、金融機関等による実質的支配者の確認をより簡易に行うことを目的として、2022年1月31日から運用が開始された制度です。これは、商業登記所の登記官が、株式会社(特例有限会社を含む)からの申出により、会社が作成した実質的支配者に関する情報(住所、氏名、国籍、生年月日、議決権割合など)が記載されたリストの内容を確認し、その保管および認証文付きの写しの交付を行う制度です。
BOリストの作成・申出は強制されるものではなく、あくまで会社の任意です。金融機関は、登記官の認証を受けたこのリストで実質的支配者を確認できるため、今後、融資を受ける際などにBOリストの提出を求められる場面が増加すると予想されます。
現行法では、プライバシー保護の観点から、BOリストの写しの交付を請求できるのは、申出会社に限定されており、金融機関等の第三者が直接に交付請求をして調査することはできません。しかし、交付請求者を拡大することの可否は、今後の検討課題とされています。
もし申告内容に問題があったら?注意点と対処法
実質的支配者に関する申告は、法人の設立や運営において非常に重要な手続です。もし申告内容に問題があった場合や、申告を怠った場合には、以下のような注意点とリスクがあります。
暴力団員等に該当する、またはそのおそれがある場合
申告された実質的支配者となるべき者が、暴力団員や国際テロリスト、大量破壊兵器関連計画等関係者に該当する、またはそのおそれがあると公証人に認められた場合、嘱託人(定款認証を依頼した人)または実質的支配者となるべき者が、申告内容などについて公証人に必要な説明を求められます。
この説明によってもなお、実質的支配者となるべき者が暴力団員等に該当し、法人の設立行為に違法性があると公証人が判断した場合、公証人は当該法人の定款を認証することができません。定款の認証が得られなければ、株式会社を設立することはできません。
申告を怠った場合のリスク
そもそも実質的支配者に関する申告を行わなかった場合(申告書を提出しなかった場合)や、必要な説明を求められたにもかかわらず説明を行わなかった場合も、上記と同様に定款の認証は行われません。
このような事態は、会社設立の遅延や、最悪の場合は設立自体が不可能になるなど、事業開始に大きな支障をきたす可能性があります。健全な事業運営のためにも、実質的支配者に関する正確な申告と、求められた場合の適切な説明が不可欠です。
まとめ:実質的支配者の理解が、健全な会社運営の第一歩
「実質的支配者」という言葉は聞き慣れないかもしれませんが、法人の透明性を高め、不正な資金の流れを断つために国際的に求められている重要な制度です。会社の設立や金融機関との取引において、その定義と判定基準を正しく理解し、適切に申告することが、健全で信頼される会社運営の第一歩となります。
株式会社や合同会社など、法人の形態によって実質的支配者の判定基準が異なる点や、議決権の直接保有と間接保有の考え方、さらには「国等」が「自然人」と見なされる特例など、複雑に感じる部分もあるかもしれません。しかし、ご自身の会社の状況に合わせて一つずつ確認し、不明な点があれば専門家にご相談いただくことが最も確実です。
もし、実質的支配者の判定や申告手続きに関して不安な点がある、あるいは適切な対応が求められているがどうすれば良いか分からないといったお悩みをお持ちでしたら、ぜひ当法律事務所にご相談ください。会社法務の専門家として、お客様の状況に合わせた的確なアドバイスと以下のようなサポートを提供し、安心して事業に専念できるようお手伝いいたします。
実質的支配者の複雑な判断
複数の法人が絡む場合や、議決権の直接・間接保有の計算が複雑な場合でも、的確に実質的支配者を特定してくれます。
申告書の正確な作成
記載事項の漏れや誤りがないかを確認し、適切な根拠資料の準備をサポートします。
公証人とのスムーズなやり取り
申告内容に関する公証人からの説明要求にも、法的な観点から適切に対応できます。
法令遵守体制の構築
マネーロンダリング対策をはじめとする、会社のコンプライアンス体制全体の強化についてアドバイスを得られます。
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